のさりについて

「のさり」とは、天草地方周辺の九州南部で使われている方言で、「天の恵み・天からの授かりもの」という意味があります。
天草出身の郷土作家で島一春さんが御自身の自叙伝を記した著書で、天草日日新聞社出版『シリーズ・私を語る のさりの山河』という書籍があります。島一春さんが、この「のさり」の意味について、同書の文中で以下のように記しています。

 のさりとは人間の理性知恵、自己本位の計算や意志、教養などのはるかに及ばぬ大いなるもののはからいによって、その人に授け与えられたもの、という意である。
 しかしのさりの想念は、受動的な諦めではなく、敗退の思想でもない。おのれの禍福の正真を素直な心でみつめ、災禍に絶望せず、福徳に驕らず、大いなるものの摂理のもとで禍福を乗り越えて生きていくという、生命の源泉から発した思想である。自然(じねん)に生きるということだ。

 「のさり」の意味をこれほど端的に言い表している文章はありませんが、そこには、2つの大切な意味が語られています。
 ①のさりとは、人の力が遠く及ばない大いなる存在によって自分に授けられたもの
 ②人はその大いなる存在から授けられた「のさり」を受け入れて感謝して生きる

 「のさり」の考え方の根底には、人は自分の力で生きているのではなく、生かされて生きているというニュアンスを感じます。それは、自分の命をはじめ、身体、家族、時間、空間、環境、事象、出来事、出会い、縁、機会など、すべての存在を生かしめている「大いなる存在」から授けられたものです。その「のさり」を受け入れる態度を「のさる」といいますが、そこには人事を尽くしても変えることができないものに対する人の謙虚な在り方があります。
 自力と他力といいますが、のさりは自力の及ばない他力の働きを受け入れる心で、自分が生かされていることへの畏敬と感謝の心がそこにあります。これは、古き良き日本の精神(大和の心)に通じるものだと思います。

「のさりに感謝」をご覧になってどんどん幸せになる(自己成長の)糧にして頂けたら幸いです。

※島一春さんに関する情報は、「天草探見」でご覧になれます。