天から降る雨は、金持ちにも、貧乏人にも平等に降ります。
頭が良い人の家に雨がたくさん降るなんて話はありません。
頭が悪くても、外国語が話せなくても、雨は平等に降る。
かっこいい人にも、かっこ悪い人にも等しく降る。
歌が上手だろうが、下手だろうが、まったく関係はありません。
どんな人にも、天は等しく雨を与えてくれます。
でも、与えは平等でも受ける器の大きさで水の量が変わる。
おちょこで雨を受けると、おちょこ一杯の量になる。
バケツで受けると、バケツ一杯の量になる。
ドラム缶で受けると、ドラム缶一杯の量になる。
天から等しく与えられた雨、でも受ける器で変わってしまう。
幸せだって同じ。
誰にでも、等しく天の与えはありますよ。
それを喜びいっぱいで受ける人は、幸せいっぱいになる。
けれども、喜びで受けられない人は、幸せがこぼれていく。
雨が降っても文句を言ってはいけませんよ。
だって、文句を言った人の喜びがどんどんなくなるからです。
雨が降ったら文句を言う。
暑くなったら文句を言う。
風が吹いたら文句を言う。
寒くなったら文句を言う。
陽がさしたら文句を言う。
文句を言う人は、毎日天気の文句を言っています。
文句を言うのが癖になっているのです。
でも、天気の文句を言ってはなりません。
もしも雨が降らなかったらどうなりますか?
灼熱の日々が続き、旱魃でダムは干し上がります。
すると、水道は断水になって、お風呂に水を使えなくなる。
農作物は枯れて不作になり、食料不足で、価格は高騰する。
だから、天気にはめったに文句を言うものじゃありません。
天の与えが無くなれば、苦労するのは自分自身なのですから。
夏は暑くて嫌だ、という人がいます。
だけど、もしも夏に暑くならなかったらどうなるでしょう。
平成五年八月は稀にみる冷夏となり、日照不足で日本は米不足になりました。
「平成の米騒動」と言われ、米泥棒が全国で多発しました。
政府は、外国の米を輸入しなければならなくなりました。
生まれて初めて、タイ米を買って食べたのを覚えています。
天気は、人間の力でどうにもなりません。
そのどうにもならないものに文句を言うから、どうにもならない。
天気に文句を言うと、心にストレスがたまるだけではありません。
血圧が上がり、顔色も悪くなり、体調さえも悪くなります。
それに、文句を聞いた周りの人も、心が暗くなる。
だから、天気の文句は、言わないほうがいい。
天につばして、運がどんどん悪くなりますから。
一事が万事、天気に文句を言う人は、何にでも文句を言う。
そうやって自分の運命を自分で悪くしています。